中学公民「日本国憲法と人権の歴史」

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中学公民「日本国憲法と人権の歴史」についてです。日本国憲法と人権の歴史に関して、人権思想の歴史、その広がり、日本の平和主義などにもふれています。それでは、中学公民「日本国憲法と人権の歴史」です。

人権の歴史

ちがいのちがいを認める。

  • ちがい…社会に様々な「ちがい」が存在。「あってもよいちがい」、「あってはいけないちがい」など違いが人権という考え方に影響。
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人権思想の成立

人権は、人が生まれながらして持っている人間としての権利。基本的人権ともいう。

人権思想の成立

ロック、モンテスキュー(法の精神で三権分立を主張)、ルソーらが提唱。その後、18世紀の近代革命(アメリカ独立戦争・フランス革命)により、アメリカ独立宣言・フランス人権宣言(人は、生まれながら自由で平等な権利を持つ)として、自由権、平等権が確立。
確認中学歴史「近代市民革命と産業革命」

人権思想の発展と広がり

  1. 19世紀…財産権の保障から、資本主義経済が発展。貧富の差、劣悪な労働条件などが問題化により、普通選挙運動、労働運動が高まりました。
  2. 20世紀…各国で普通選挙権を認める動きがおこり、ドイツのワイマール憲法で「人間に値する生存(生存権)」など社会権が初めて保障されました。
  3. 第二次世界大戦後…各国の憲法で広く人権を保障。国際連合の世界人権宣言など、国際的保障の動きがありました。

日本の人権思想の芽生え

大日本帝国憲法(明治憲法)で、初めて人権保障。国民の人権は、「臣民の権利」であると法律で制限。
確認中学歴史「自由民権運動と立憲国家の成立」

日本国憲法の基本原理

憲法と立憲主義

  • 憲法…国の政治の仕組みの根本を定める法で、最高法規であり、憲法に反する法律や命令は無効。
  • 立憲主義…政府の権限を制限し、国民の人権を保障するという考え方。政治権力の乱用を防いで国民の自由や権利を守り、人の支配でなく、法の支配による政治を目指す。
  • 日本国憲法の構成…「人権の保障」(目的)と国の政治のしくみ(手段)の二つから構成。

日本国憲法の制定

1945年8月、ポツダム宣言を受諾し、無条件降伏。二次世界大戦終結が、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)作成原案をもとに、帝国議会で審議。その後、日本国憲法を制定。1946年11月3日公布、1947年5月3日施行。国民主権、平和主義、基本的人権の尊重の三つの基本原理。

  • 国民主権…国の政治の決定権は国民が持ち、政治は国民の意思に基づいて行われるという権利。国民によって選ばれた代表が議会で決定する議会制を採用。
  • 象徴としての天皇制…戦前の天皇主権を否定して、天皇は日本国と日本国民統合の象徴(憲法第1条)とされました。政治についての決定権を持たず、内閣の助言と承認のもと、憲法の定める国事行為のみを行う。

日本の平和主義

平和主義は、第二次世界大戦の反省から戦争放棄し、世界の恒久平和のために努力。日本国憲法第9条では、「戦争を放棄し、戦力を持たず、交戦権を認めないこと」を明記しています。

自衛隊と日米安全保障条約

  • 自衛隊…1950年に勃発の朝鮮戦争をきっかけに、国の防衛を目的として発足した警察予備隊が前身。戦力の不保持をかかげる日本国憲法との関係で論議。政府は主権国家には自衛権があり、憲法は「自衛のための必要最小限の実力」を持つことを禁止していないとの立場をとっています。
  • 日米安全保障条約…他国による日本の領土攻撃に対して、日米共同での対処を約束。アメリカ軍が日本の領域内に駐留。しかしながら、沖縄県のアメリカ軍基地の返還問題などは残りました、

これからの平和

  • 現在の世界情勢…東西冷戦は終結。大戦争発生の危険性は遠のく一方で、地域紛争やテロなどが存在しています。
  • 自衛隊の任務…国際平和維持活動(PKO)の参加など任務が拡大していることに対して批判の声もあります。

軍縮を目指して

核兵器に対する日本の立場は、1945年8月に広島と長崎に原子爆弾が落とされ、多くの犠牲者を出したことで、核兵器を「持たず・つくらず・持ち込ませず」という非核三原則をとっています。

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