中学歴史「応仁の乱と室町文化」

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中学歴史「応仁の乱と室町文化」についてまとめています。応仁の乱と室町文化のほか。一揆や自治都市、仏教の進展などにふれています。それでは、中学歴史「応仁の乱と室町文化」です。

応仁の乱

第6将軍足利義教(よしのり)の暗殺によって、守護大名間の勢力争いがおこります。第8代足利義政のとき、あとつぎ問題で、細川氏と山名氏が対立しました。

応仁の乱は、1467年に11年にあたる戦乱が始まります。東軍(細川方)、西軍(山名方)に分かれて、京都から全国に広がりました。

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一揆

  • 山城国一揆…山城(京都市)南部で、武士と農民が守護大名を追い払う。
  • 一向一揆…浄土真宗(一向宗)の信仰で結びついた武士や農民が各地で一揆をおこしました。加賀(石川県)では、守護大名をたおし、約100年間自治を行いました。

戦国大名の誕生

将軍は、京都を中心とするわずかな地方のみを支配。

  • 下剋上…実力あるものが、力のばして上の身分の者に打ち勝って、下剋上の風潮が広がりました。
  • 戦国大名…守護大名の地位をうばって実権をにぎった者、守護大名が成長した者が各地に登場。

応仁の乱以降を、戦国時代といいます。

城下町

戦国大名が領国(りょうごく)につくったのが、城下町です。

  • 城…山に築いていた城を、交通の便のよい平地に築きました。城の周辺に家来を集め、商工業者を呼び寄せ、城下町をつくりました。
  • 分国法…鎖国を統一して支配するため、独自の法を定めました。

用水路の建設、鉱山の開発。交通路の整備、座の廃止。

自治都市

都市が発達して自治組織がつくられます。日明貿易や日朝貿易で栄えた博多(福岡県)や堺(大阪府)、応仁の乱から復興した京都などの都市では、寄合による都市の政治が行われます。

  • 京都…自治をになう町衆と呼ばれる裕福な商工業者によって、祇園祭が行われました。

石見銀山(島根県)では、戦国大名の保護のもと博多の商人が開発。精錬(せいれん)技術の改良で生産量が増加し、海外に輸出しました。精錬(せいれん)技術は佐渡便残(新潟県)などにも、もたらしました。

室町文化

室町文化の特色は、公家の文化と武家の文化の融合です。南北朝時代には、大陸からの文化の影響を受けました。鎌倉時代に栄西から宋からもたらした茶を飲む習慣ができました。茶の産地を当てる会から茶の湯として流行していきます。貴族や武士、僧の集まる会では、華麗な花や豪華な食事となりました。

  • 連歌…人々が集まって和歌の上の句と下の句を次々によむ。
  • 猿楽(さるがく)や田楽(でんがく)…観阿弥・世阿弥親子が能として大成します。

仏教の進展

  • 浄土真宗…北陸や近畿地方の武士や農民に広まります。
  • 日蓮宗…京都や境の商工業者に広まります。
  • 禅宗…京都と鎌倉の五山と呼ばれる主要寺院を中心に幕府の保護を受けました。禅宗の僧が文芸や外交、貿易に活躍します。

北山文化

  • 金閣…足利義満が京都の北山に建てます。
  • 北山文化…義満の時期の文化です。

武家文化の成長と民衆の広がり

武家文化が成長し、15世紀後半以上、武家をにない手とする簡素で気品のある文化となりました。

  • 書院造…寺院の部屋の様式を武家の住居に取り入れました。
  • 東求堂同仁斎…銀閣と同じ敷地にあり、足利義政の書斎でした。
  • 水墨画…墨一色で自然などを表現し、雪舟が、中国にわたって絵画技法を学び、帰国後、日本の水墨画を完成させます。
  • 庭園…石や木をたくみに配置した庭園で、河原者(かわらもの)とよばれていた人々による。龍安寺(りょうあんじ)(京都市)の石庭(せきてい)など。

東山文化

  • 銀閣…足利義政が京都の東山に建てました。
  • 東山文化…義政の時期の文化。
  • 狂言…能の合間に演じ、民衆の生活や感情をよくあらわしていました。
  • 教育…地方の武士や都市の有力者は、寺で子どもに教育を受けさせていました。
  • 御伽草子…「一寸法師」などの絵入りの物語。
  • 足利学校(栃木県)…戦国大名の上杉氏が保護。日本国内からの人材が集まり、儒学を学びます。さまざまな情報を交換。知識を各地に伝えます。
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