中学歴史「平安時代と摂関政治」

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中学歴史「平安時代と摂関政治」についてまとめています。平安時代と摂関政治に関して、平安京、新しい仏教、摂関政治、国風文化などにふれています。それでは、中学歴史「平安時代と摂関政治」です。

平安時代

奈良時代中ごろから貴族や僧の勢力争いが激化しました。桓武天皇は、新しい都で政治を立て直そうとしました。長岡京(京都市)、それから794年に平安京(京都市)に都を移しました。平安京に都を移されてから鎌倉幕府が成立までの約400年間を平安時代といいます。

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桓武天皇の政治

東北地方と九州地方以外で一般の人々の兵役をやめ、役所を整理し、国司の監督を強化しました。戸籍のいつわりが増加し、班田収授法も行われなくなっていきました。

東北地方の征討

東北地方に住み、朝廷に従おうとしない蝦夷に対し、朝廷にたびたび大軍を送りました。坂上田村麻呂を征夷大将軍に任命し、アテルイを指導者とする蝦夷の抵抗をおさえて東北地方に勢力にのばします。のちに、胆沢城などを築きました。

仏教の新しい宗派

9世紀のはじめ、唐から伝えられます。

  • 最澄…天台宗を伝え、比叡山に延暦寺を建てます。
  • 空海…真言宗を伝え、高野山に金剛峯寺を建てます。

人里離れた山奥の寺で学問や厳しい修行を行いました。これは、貴族たちの間に広まります。

東アジアの変化

唐のおとろえと往復の危険を理由に菅原道真が遣唐使の停止をうったえ、認められました。

  • 中国…10世紀のはじめ、唐がほろびます。小国の分立を経て、宋(北宋)が中国を統一します。
  • 朝鮮半島…新羅がほろんで高麗がおこります。

日本は、北宋と高麗とは正式な国交は結ばず、商人が交易を行いました。

摂関政治

藤原氏は娘を天皇のきさきにし、その子を次の天皇に立てることで勢力をのばす。摂関政治とは、天皇が幼いときは、摂政、成長後は関白の職について政治の実権を握る政治です。

  • 藤原道長・頼道父子の時代…摂関政治が最も安定した時期です。藤原氏は、朝廷の高い地位を独占し、高い給与を受け取り、国司からの贈り物、広大な荘園などがその象徴です。

地方政治

地方政治は、国司の任せきりになっていました。自分の収入を増やすことにはげむ国司や任地には代理を送り収入だけを得る国司が多くなりました。

国風文化

日本の風土や生活、日本人の感情に合った貴族たちの文化が生まれます。これが国風文化です。

  • かな文字…漢字を変形させて、日本語の発音をあらわせるようにくふうした文字です。人々の感情を書き表せるようになりました。
  • 紀貫之…天皇の命で和歌集の古今和歌集を編集
  • 紫式部…源氏物語
  • 清少納言…枕草子
  • 大和絵…日本の自然や風俗をえがいた絵。「源氏物語絵巻」など。

浄土信仰

  • 浄土信仰…念仏を唱えて、阿弥陀如来にすがり、死後に極楽浄土へ生まれ変わることを願う思想。
  • 極楽浄土…阿弥陀如来がいる、あらゆる苦しみのない世界です。
  • 平等院鳳凰堂…京都の氏に藤原頼道が建立しました。阿弥陀如来の像やそれをおさめる阿弥陀堂がつくられました。

都の貴族からしだいに地方にも広まった文化です。

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