【中学歴史】飛鳥文化

【中学歴史】飛鳥文化についてまとめています。

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飛鳥文化の要点

飛鳥文化の特色として、飛鳥文化は、天皇や豪族中心の最初の仏教文化。6世紀末から平城京に移るまでの約120年の間、大和の飛鳥地方(奈良盆地南部)には、一時期をのぞいて、歴代の天皇の都がおかれていました。

飛鳥文化は、遣隋使渡来人などによって伝えられた中国・ギリシャ・ペルシャ・インドなどの文化の影響を強く受けて、国際性のある文化となっています。

聖徳太子や蘇我馬子を中核とする大和政権が、仏教を保護し信仰をすすめたことから、都のおかれた飛鳥地方で、天皇や豪族を中心としたわが国最初の仏教文化である飛鳥文化が栄えました。

渡来人
朝鮮半島から一族でまとまって日本に移り住んだ人々を渡来人といいます。また、漢字の読み書きの能力を認められた渡来人は、朝廷の記録、外国への手紙の作成などにあたりました。朝鮮半島の戦乱をのがれ、日本にわたってきた渡来人も数多くいました。

飛鳥時代の代表的な建築物

法隆寺に代表される文化です。仏教の広がりとともに、豪族たちは古墳に代わって、氏寺として寺院を建設するようになっていました。

法隆寺
7世紀初めに聖徳太子が建てたといわれる法隆寺は、1度焼けて再建されたもので、飛鳥時代の建 築様式を伝えていて、飛鳥文化を代表するものとなっている。中門や金堂・五重塔は現存する世界最古の木造建築です。このほかに、四天王寺や中宮寺などが知られています。

飛鳥時代の彫刻

法隆寺金堂の本尊釈迦三尊像点中国の南北朝時代の影響がうかがえ、渡来人の子孫である鞍作鳥(止利仏師)の作といわれています。このほかに、法隆寺の 百済観音像、中宮寺・広隆寺の弥勒菩薩像(半跏思惟像)などがあります。工芸品としては、法隆寺の玉虫厨子や中宮寺 の天寿国繍帳の残片が代表的なもので、西方諸国の文化の影響が見られます。

飛鳥時代の仏教

6世紀の半ばに仏教や経典が百済からおくられ、仏教が伝えられました。祖先の死後の世界の幸福や病気の回復をいのる手段として信じられます。豪族の中には古墳にかわって寺を作ることで権威を示そうとする者が出現しました。

飛鳥時代の道具・技術

鉄製の農具 農業用のため池をつくる技術、かたく黒っぽい色の須恵器を焼く技術、上質の絹織物をつくる技術など。

  • 登り窯…須恵器は登り窯と呼ばれる新しい窯で焼かれました。登り窯は窯の中を階段状にして熱を効率よく利用し、高い温度が出せるように工夫された窯で、現在でも使われています。

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