後鳥羽上皇について覚えておくべきこと(中学歴史)

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後鳥羽上皇について覚えておくべきこと(中学歴史)です。後鳥羽上皇は、1198年に土御門天皇に位をゆずって上皇となり、院政を始めた。源氏の将軍が3代で絶えると、政権を朝廷に取り戻そうと、1221年に、執権北条義時追討の命令を出して討幕の兵をあげたが、幕府の大軍に敗れます。この結果、後鳥羽上皇は壱岐(島根県)に流されます。そんな後鳥羽上皇について、詳しくみていきます。

後鳥羽上皇について覚えておくべきこと

  1. 新古今和歌集
  2. 承久の乱
  3. 六波羅探題

の3つは押さえておきましょう。

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新古今和歌集

後鳥羽上皇は、藤原定家らに新古今和歌集の編集を命じます。1205年に完成。

承久の乱

朝廷の勢力回復を図る後鳥羽上皇は、1221年、幕府をたおすために兵をあげます。北条政子のうったえで、幕府は朝廷を軍を破ります。承久の乱ののち、京都に六波羅探題を設置して朝廷を監視。これにより幕府の支配力が西日本にまで及びました。

六波羅探題

承久の乱後には、幕府は京都守護にかえて六波羅探題を設置して、西国の御家人を統制すると共に、朝廷の監視を行い京都の整備にもあたらせた。 幕府はそれまでの本補地頭に加え、新たに新補う地頭を設置した。また、新たに地頭の得分を定めた新補率法が定められた。新補率法は新補地頭にのみ適用された。

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