伊藤博文について覚えておくべきこと(中学歴史)

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伊藤博文について覚えておくべきこと(中学歴史)です。伊藤博文は、長州藩(山口県)の出身で木戸孝允にしたがって、討幕運動に参加した人物。明治新政府では、憲法調査のためにヨーロッパに行き、ドイツの憲法を参考にした大日本帝国憲法の草案を作成。さらに、初代内閣総理大臣となり、枢密院議長や韓国統監を務めましたが、1909年に、韓国の独立運動家に射殺された。

伊藤博文について覚えておくべきこと

  • 立憲政友会を組織
  • 初代内閣総理大臣
  • 大日本帝国憲法の草案
  • 韓国統監

それぞれについていきます。

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立憲政友会を組織

伊藤博文は、1900(明治33)年に立憲政友会をつくり、議会で多数を占め内閣を組織した。

初代内閣総理大臣

1885年に、内閣制度を創設し、初代内閣総理大臣となる。この間に、大日本帝国憲法の草案。

大日本帝国憲法の草案

大日本帝国憲法は、1889年2月11日天皇が国民与える形で発布。天皇が国の元首として統治すると定められ、帝国議会の召集、解散、軍隊の指揮、条約の締結、戦争を始めることなどが、天皇の権限として明記されました。日本は、アジアで初めての憲法と議会をそなえた立憲君主国となりました。
確認中学歴史「大日本帝国憲法の発布」

中学歴史「大日本帝国憲法の発布」
中学歴史「大日本帝国憲法の発布」についてまとめています。大日本帝国憲法が発布され、天皇が国の元首となりました。立憲制国家の成立し、帝国議会で…

韓国統監府

1905年、韓国を保護国にして外交権をうばい、韓国統監府を置きました。初代総監には伊藤博文が就任しました。

  • 韓国併合…日本は韓国を併合して、植民地とし、韓国総督府を設置。首都の漢城(ソウル)を京城と改称。学校では、朝鮮の文化や歴史を教えることを禁じ、日本史や日本語を教えて、日本人に同化させる教育を行いました。
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