中学歴史「長崎貿易」

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中学歴史「長崎貿易」についてまとめています。

鎖国下での対外関係

中国・オランダとは、長崎(出島)で交易をしました。風説書を義務付けし、海外事情を知りましたが、それは幕府が情報独占。

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貿易をめぐる情勢の変化

  • 中国情勢…明がほろび(1644年)、中国東北部の女真族が建国した清が全土を支配下に置きました。
  • 鎖国の影響…東南アジアと直接交易することができなくなったので、それにかわるルートが求められました。

長崎貿易

中国・オランダと長崎で貿易を行いました。オランダとの交易は出島で行われました。

  • 輸入品…中国産の生糸・絹織物、東南アジアの品物など。
  • 輸出品…金・銀・銅など。

国内の産出量が減ったこと、大量流出で国内の経済が混乱することを理由に、金・銀の輸出は17世紀後半以降制限されました。また、俵物(干しあわび、ふかのひれなどの海産物)に変わりました。

海外の情報の入手

幕府は、長崎に入港する貿易船に風説書の提出を命じました。

  • 風説書…貿易船に提出が義務づけられた海外事情のレポートです。 オランダ風説書(オランダ船が提出)や唐船風説書(中国船が提出)は、海外の事情を知る貴重な手段でした。→幕府が情報を独占
  • 書物の輸入禁止…キリスト教、ヨーロッパの科学に関係する書籍の輸入は禁止されました(科学関係の書籍については、のちに輸入が許されます)。

出島

出島にはオランダ商館の商館長や館員の住居、貿易品の倉庫などが建っていて、牛や豚の飼育場もありました。住んでいるのは商館長以下オランダ商館の関係者のみで、日本人の出入りは厳しく制 限され、オランダ人が長崎市内に出かけることもできませんでした。

まとめ

中国とオランダは、鎖国下でも長崎で貿易を許されました。

  • 中国…明がほろび、女真族(じょしんぞく)が清を建国。
  • オランダ…キリスト教の布教を行わないため、貿易。金・銀の輸出を制限し、銅や俵物(いりことや干しアワビ、ふかのひれなどの海産物)を輸出。
  • オランダ風説書、唐船風説書(中国)を提出させ、幕府が海外の情報を独占しました。

確認中学歴史「江戸幕府の成立と鎖国」

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