中学歴史「奈良時代の人々のくらし」

シェアする

スポンサーリンク

中学歴史「奈良時代の人々のくらし」についてまとめています。

奈良時代の人々のくらし

律令国家のもとで、人々の身分区切られ、と税の負担などが課されました。人々は良民と賎民に分けて戸籍に登録され、6歳以上のすべての人に口分田が与えられました。

スポンサーリンク

戸籍

戸籍は、律令の規定にもとづいて6年ごとにつくられました。 戸主と家族の氏名,年齢,身分などが記録され、人々に土地(口分田)を支給するもととなる重要な書類でした。

身分

人々は良民(公民など)と農民(奴婢など)に分けられ、戸籍に登録されました。

  • 良民…貴族、税を負担する公民 特別な技能を持った人々などがいました。

班田収授法

班田収授法は、人々に土地(口分田)をあたえるかわりに税を負担させるしくみです。

  1. 戸籍に登録された6歳以上のすべての人に、国から口分田があたえられました。
  2. あたえられる口分田の面積は、性別・身分によって異なりました。
  3. 口分田の面積に応じて組が課せられました。
  4. その人が死ねば、国に口分田を返させました。

人々の負担

人々は和・調・庸などの税を負担し、兵役の義務を負いました。

  • 租…口分田から収穫された稲の3%を国府におさめました。おさめられた稲は国や郡の倉庫におさめられました。
  • 調…絹糸や特産物を中央政府におさめました。一般の成人男子に課せられ、都への運搬も負担させられました。
  • 庸…労役のかわりに布(麻布)を中央政府におさめました。調と同じように一般の成人男子が負担しました。
  • 雑徭…国府のもとで土木工事などの労役に従事しました。1年間に 60日以内と期間が定められていました。
  • 兵役…21歳以上の男子は、3~4人に1人の割合で訓練を受けました。一部は、都で1年間や九州の防衛にあたる防人として3年間 の軍務につきました。

これらの負担は非常に重く、逃亡する農民もあらわれました。農民の逃亡によって口分田は荒れ、税収入は減少してしまいました。

貴族と賤民

450万人ほどの人口(8世紀前半)のおよそ9割は良民で、残りは農民と呼ばれる人々でした。

  • 貴族…良民のうち,200人ほどのごく限られた人々が貴族でした。貴族は政府で太政官などの高い地位につきました。高い給与、広い土地をあたえられ、その特権は子孫に引きつがれました。
  • 賤民…奴婢。政府に使役される人々などがいました。奴婢は牛や馬と同じように売買され、奴婢以外の人との結婚は禁じられ、子どもも奴婢とされました。

まとめ

  • 班田収授法…戸籍に登録された6歳以上のすべての人々に、性別や良賤(りょうせん)の身分に応じて、口分田をあたえ、死ぬと国に返されました。
  • 人々の負担…各種の税、防人(九州北部の防衛)などの兵役、労役などの重い負担が課せられ、逃亡する農民を出ました。

確認中学歴史「律令国家と奈良時代」

スポンサーリンク
スポンサーリンク

シェアする

スポンサーリンク
トップへ戻る