【中学歴史】日露戦争・ポーツマス条約・日比谷焼き討ち事件

中学歴史「日露戦争・ポーツマス条約・日比谷焼き討ち事件」です。

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日露戦争

義和団事件は、清で義和団を中心として外国の勢力排除しようとする事件。日本などの連合国が鎮圧しました。事件後。ロシア満州を占領後、韓国への進出。日本とイギリスは、日英同盟を結んでロシアに対抗。

日本国内に主戦論が高まりますが、幸徳秋水(社会主義者)や内村鑑三(キリスト教徒)などは反戦論を唱えました、また、与謝野晶子は、歌人の立場で主戦論に疑問を投げかけ、「君死にたまふことなかれ」という詩を発表しました。

日露戦争は、日本は苦戦しますが日本海海戦などで勝利。戦力が限界に達し、ロシアも国内で革命が起こり、両国とも戦争の継続が困難になりました、

ポーツマス条約

日露戦争図解
アメリカの仲介により講和条約を結ぶ。

ロシア日本に対し

  • 韓国での日本の優先権を認める。
  • 旅順、大連の租借権と長春以南の鉄道の利権を譲り渡す。
  • 北緯50度以南の樺太(サハリン)に割譲する。
  • 沿海州、カムチャッカ半島沿岸の日本の漁業権を認める。

日比谷焼き討ち事件

ポーツマス条約では、賠償金が得られず、日本の得た権限が少なかったため、国民は政府を攻撃します。東京で暴動を伴う民主の運動である日比谷焼き討ち事件が発生します、戦争のための重税、軍備の拡張で国民の負担が重くなりました、

日本は、列強都市の国際的な地位を固めます。アジア諸国に対する優越感が強まりました、アジア諸国は、近代化や民族独立の動きが高まり、中国では、革命運動が活発化しました。

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