中学歴史「沖縄県の設置」

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中学歴史「沖縄県の設置」についてまとめています。琉球王国は、薩摩の支配と清への朝貢の間に挟まれた関係(両方に属している)です。その後、琉球王国→琉球藩→沖縄県と変遷していきます。

沖縄県の設置

江戸時代、琉球王国は日本と中国(清)の両方に属している(両属)関係にありました。

  • 日本との関係…薩摩藩に事実上支配されていました。
  • 中国との関係…清に朝貢し、清を宗主国としていました。
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琉球処分

政府は琉球の両属関係を解消して日本に統合しようとしました。

  • 清の対応…清は琉球王国の存続を主張し、琉球王国内の意見も、多くは両属関係を続けることを望むものでした。
  • 琉球藩設置…1872年、政府は琉球国王尚泰(1843~1901)を琉球藩王に任じ、琉球藩を置きました。
  • 琉球の漁民殺害事件…政府は、台湾で起きた琉球の漁民殺害事件を理由に台湾に出兵し、清から賠償金を得ました。
  • 賠償金の支払い…賠償金には、相手国と国民に被害をあたえたことへの謝罪という意味があります。つまり、清は琉球の漁民を日本国民として認めたということになるのです。

沖縄県の設置

1879年、政府は軍隊を送って土域(首里城)を占領し、琉球藩を廃して沖縄県を設置しました。

琉球処分

琉球藩の設置から沖縄県の設置にいたる。政府が実行した政策を琉球処分といいます。

まとめ

沖縄県の設置をします。琉球王国は、帰属を巡り清(中国)との対立。日本の領土として琉球藩を置きます。

  • 台湾出兵…琉球の漁民が台湾の先住民に殺される事件が発生。台湾に出兵し、清から賠償金を得る。
  • 琉球処分…軍隊の力を背景に沖縄県を設置。

確認中学歴史「自由民権運動と立憲国家の成立」

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