【中学歴史】冷たい戦争・東西の軍事同盟

【中学歴史】冷たい戦争・東西の軍事同盟についてまとめています。

スポンサーリンク

冷たい戦争(冷戦)

第二次大戦後、ドイツは領土を縮小され、アメリカ合衆国・イギリス・フランス・ソ連の4か国の管理下に統治された。イギリス・フランスは戦争で大きな被害を受けたうえ、植民地などが次々に独立して、国力が弱まった。

アメリカ合衆国は、戦後の西ヨーロッパ諸国を援助し、強力な軍事力と経済力で資本主義諸国(西側陣営)の中心となった。

ソ連は、1946年から第4次五か年計画を行って急速に復興し、東ヨーロッパ諸国の社会主義化を指導して社会主義諸国 (東側順営)の中心となった。

1947年、アメリカ合衆国のトルーマン大統領は、共産主義の封じ込めを宣言(トルーマン=ドクトリン)し、ソ連側はそれに対抗してコミンフォルム(共産党情報局)を結成して結束の強化をすすめた。このころより、資本主義陣営(西側) と社会主義陣営(東側)の対立がきびしくなった。この東西対立は、冷たい戦争(冷戦)とよばれた。

1948年、アメリカ・イギリス・フランスの3国がその管理下にあるベルリンの西側地区で通貨改革を発令すると、ソ連はこれに激しく抗議し、アメリカ・イギリス・フランスの管理下にあった西ベルリンへの出入路をで遮断した。この事件後、ドイツとベルリンは、西と東に分裂してしまった。

国際連合

国際連合(国連)は、世界の平和と安全を維持する機関として安全保障理事会を設置。アメリカ・イギリス・フランス・ソ連・中国が常任理事国となりました。

  • 東西の対立…アメリカが中心の資本主義と西側陣営とソ連が率いる共産主義の東側陣営が対立。
  • ドイツ…西ドイツと東ドイツに分かれて独立。そこへ、ベルリンの壁を作られました。
  • 軍事同盟…西側陣営には、北大西洋条約(NATO)、東側陣営にはワルシャワ条約機構を設立。冷たい戦争(冷戦)が始まり、米ソ両国は核兵器を含む軍備の拡張を行いました、世界は核戦争の脅威にさらされる状況となりました。

東西の軍事同盟

東西の両陣営は、それぞれ軍事 同盟を結び、たがいに対抗しあうようになった。1949年、アメリカ・カナダおよび西ヨーロッパ諸国の間に北大西洋条約機構(NATO)が成立した。

一方、ソ連は1955年に、東ヨーロッパ諸国とワルシャワ条約機構を成立させて対抗した。

コメント

テキストのコピーはできません。
タイトルとURLをコピーしました