中学歴史「開国と江戸幕府の滅亡」

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中学歴史「開国と江戸幕府の滅亡」についてまとめています。開国と江戸幕府の滅亡に関して、不平等条約、尊王攘夷運動、倒幕運動などにもふれています。それでは、中学歴史「開国と江戸幕府の滅亡」です。

開国と不平等条約

ペリーが来航します。アメリカは太平洋を越えてアジアとの貿易を望んでおり、日本を太平洋横断航路の中継地にしようとしました。東インド艦隊司令官ペリーが、4隻の軍隊を率いて浦賀(神奈川県)に来航。その際、開国を求める大統領の国書を江戸幕府に差し出しました。

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日本和親条約

1854年ペリーとの間に結んだ条約。下田と函館の2港を開港。アメリカ船の食料や水、石炭などの供給を認めました。

日米修好通商条約

日米修好通商条約…大老の井伊直弼が反対派を押さえて、朝廷の許可を得ないで結びました。函館、神奈川県(横浜)、長崎、新潟、兵庫(神戸)の5港を開き、自由な貿易を認める。

  • 不平等条約…外国人が起こした事件に対して、領事裁判権を認め、貿易品に対する関税自主権がない。オランダ、ロシア、イギリス、フランスとも同じ条約を結びました。

開国の影響

外国貿易の開始…最大の貿易港は横浜。日米通商条約によって開始された貿易では、外国から毛織物、綿織物、武器、艦船などを輸入です。外国へは、生糸、茶などを輸出。貿易相手国はイギリスが中心で、アメリカ1861年に起こった南北戦争の影響で。アジアの進出がしばらく止まっていました。

国内への影響

  • 金銀の交換比率のちがいから大量の金貨が流出。小判を小さくするため貨幣改鋳を行い、物価の上昇を招きました。
  • 輸出のため生糸が貿易商人に買い占められ、値上がりました。生糸の生産が盛んになりました。
  • 安価で良質な綿織物や綿糸が輸入されました。国内の生産地に打撃を与えましたが、輸入綿糸で絹織物を作り、これに対抗。

尊王攘夷と倒幕運動

尊王攘夷運動の高まり

天皇を結ぶ尊王論と外国の輸出を排除しようとする攘夷論が結びついて尊王攘夷論運動が起こりました。

安政の大獄

大老の井伊直弼が幕府に反対した大名や武士、公家らは処罰。吉田松陰らを処刑。

桜田門外の変

安政の大獄に反発した水戸藩の浪士たちが井伊直弼を暗殺。幕府は朝廷との融和を図る公武合体政策を進めました。

攘夷の実行

長州藩は朝廷を動かして、幕府に攘夷の実施を約束させました。薩摩藩士がイギリス人を殺傷(生麦事件)。これにより、イギリス艦隊が報復攻撃を行いました(薩英戦争)。

長州藩が下関関門海峡で外国船を砲撃。イギリス、フランス、アメリカ、オランダ4国の艦隊が連合して攻撃、下関砲台を占領しました。幕府は攘夷を恐れ、急進派の公家や長州藩士を京都から追放。長州藩に出兵します。

攘夷から倒幕運動へ

  • 長州藩…木戸孝允などは欧米の軍事力を目の当たりにして、統一国家を作ることが先であるとして、藩の実権を握ります。
  • 薩摩藩…西郷隆盛、大久保利通らが実権を握ります。
  • 薩長同盟…坂本龍馬の仲立ちで薩摩藩と長州藩が同盟を結び、倒幕をめざす。

全国で世直しを期待して、一揆や打ちこわしが増加。人々が、「ええじゃないか」と熱狂する騒ぎも流行しました。

江戸幕府の滅亡

大政奉還と王政復古

  • 大政奉還…第15代徳川慶喜が政権を朝廷に返す。新政権のなかで主導権を握ろうとした。
  • 王政復古の大号令…天皇中心とする政治に戻すことを宣言。慶喜に官職と領地の返上を命じました。

江戸幕府の滅亡

  1. 旧幕府軍は、新政府側と鳥羽・伏見(京都市)で戦争を起こしました。幕府軍がが破れました。
  2. 1868年4月、旧幕府は江戸城を明け渡す。西郷隆盛と幕府の役人である勝海舟が会談。
  3. 1869年、函館で最後の旧幕府が降伏。
  4. 戊辰戦争…鳥羽・伏見の戦いに始まり、函館(五稜郭)の戦いで終わった旧幕府軍と新政府軍の間の戦争。新政府軍が旧幕府軍を破り国内を平定。
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