中学歴史「アメリカ独立戦争」

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中学歴史「アメリカ独立戦争」についてまとめています。植民地時代から独立宣言の発表までの流れを深堀りしています。それでは、中学歴史「アメリカ独立戦争」です。

植民地時代のアメリカ合衆国

植民地時代において、植民地の人々は、しだいにイギリス本国の植民地政策に不満を高めていきます。

1620年、イギリスで国王の圧迫を受けていたピューリタン(清教徒)たちは、メイフラワー号で北アメリカにわたってきました。これ以後、イギリスから次々に人々が移住し、先住民 の土地をうばって開拓を進め、アフリカから連れてきた黒人奴隷を使って、タバコや綿花を栽培ししました。

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18世紀の状況

18世紀の半ばまでに、北アメリカ東部沿岸に13の植民地をつくりました。それぞれの植民地は議会をもち、自治を行っていました。 一方で、イギリス本国は、本国の産業を保護し、植民地との貿易の利益を守るため、植民地が外国と貿易することを制限し、課税を強化しました。これに対して、植民地は本国の議会に代表を送ることもできなかったため、本国の政策に不満を高め、「代表なければ課税なし」として、独立を求める動きとなっていきました。

ボストンの茶会事件

イギリス本国が、13の植民地での茶の販売を東インド会社に独占させる「茶法」を制定する と、1773年、これに反対する 人々が、ボストン港に入港。東インド会社の船をおそい、 積み荷の茶箱を海に投げ捨てた。 この事件が、直接のアメリカ独立戦争のきっかけとなりましたりました。

アメリカ独立戦争

1773年にボストンの茶会事件がおこると、本国と植民地の対立がいっそう深まり、1775年に13の植民地の人々は ワシントンを総司令官として独立戦争を始めました。そして、1976年、植民地の人々は、人間の平等・自由・幸福の追求、圧政への抵抗権などをもりこんだ「独立宣言」を発表しました。これは、イギリスの啓蒙思想家ロックの影響を強く受けています。
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独立軍は苦戦したが、当時イギリスと対立していたフランスやスペインなどの援助を受けて、1783年、本国軍を破って独立。1787年には、人民主権をもりこんだ世界初の近代的な成文憲法といわれるアメリカ合衆国憲法を制定。

アメリカ合衆国憲法

憲法では、議会(立法)・政府(行政)・裁判所(司法)が権力を分担する三権分立制を採用し、州の自治を認め、その上にアメリカ全体の政府や議会、最高裁判所がある連邦制をとった。また、連邦政府の長を大統領として、1789年、初代大統領にワシントンを選出。アメリカの独立は、商工業者らが主体となった市民革命であり、アメリカ独立革命ともいう。

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