中学歴史「新航路開拓」|14世紀から15世紀

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中学歴史「新航路開拓」|14世紀から15世紀についてまとめています。

新航路開拓

14世紀から15世紀にかけて、スペインとポルトガルを中心に、地中海を通らずアジアに行く航路の開拓に力がそそがれた。この背景には次のようなことがあった。

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アジアへの関心

十字軍の遠征以来アジアへの関心が高まり、マルコ=ボーロの『世界の記述』(東方見聞録)では、ヨーロッパ人の関心がより強まった。

新貿易路の必要

アジアとの貿易のばく大な利益は、イスラムとイタリアの商人が独占していた。また、西アジアにおこったオスマン帝国は通過する商品に重税を課し、貿易品の価格が著しく上がったため、地中海を通らずにアジアへ行く航路が求められた。

  • オスマン帝国…トルコ人のイスラム教国。1453年に東ローマ帝国をほろぼし、コンスタ ティノープル(現在のイスタンブー ル)に都をおいた。ヨーロッパとアジアを結ぶ東西交通路の要地を占めて16世紀に全盛となった。

国王の保護

スペインとポルトガルは、貿易による利益を手にいれ、財力を豊かにしようと、国王が新航路の開拓を国家事業として保護した。

航海技術の発達

羅針盤・火薬の使用と、造船技術の発達により、安全な外洋航海が可能になった。また、正しい地理上の知識がえられるようになった。

新航路と新大陸の発見

インド洋へ

アフリカ南端からインドに達する航路は、ポルトガルによって開拓がすすめられ、1498年にバスコ=ダ=ガマがイスラム教徒の水先案内人の助けをえてインド洋を横切り、インドに達した。

西インド諸島

イタリア人のコロンブスは、大西洋から西まわりでもインドに達することができると考え、スペイン女王の援助をうけて大西洋を航し、1492年、アメリカの西インド諸島に到着した。

世界一周の成功

ポルトガル人のマゼランは、スペイン王の援助をうけ、南アメリカ南端の海峡をまわって、太平洋を横断した。彼は、フィリピンで住民と
戦って死んだが、部下は1522年にスペインに帰り、史上はじめての世界一周に成功した。

航路 まとめ

ヨーロッパはアジアの物産を求めて、イスラム商人が貿易を行っていました。ポルトガルは、アジアの香辛料を手に入れようと、海路でインドまで進出しました。

  • バスコ・ダ・ガマ…アフリカ南端回りでインドへ到達。
  • コロンブス…スペインの援助でアメリカ大陸の島に到達。
  • マゼランの船隊…スペインの援助で世界一周に成功。

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