中学歴史「聖武天皇の政治」

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中学歴史「聖武天皇の政治」についてまとめています。聖武天皇は、仏教の力で国の平安を保とうとしました。そのあたりについて、詳しく記述しています。それでは、中学歴史「聖武天皇の政治」です。

聖武天皇の政治

奈良時代の初めごろは皇族が政治を行い、朝廷で強い勢力をもっていた。しかし、皇族や貴族の間で権力争いがおこるようになり、聖武天皇が在位した720~740年代は凶作が続き、疫病が流行するなど社会不安が広がっていた。

仏教は国家の平安と繁栄をもたらし、人々を幸福にする力をもつとされていた。そこで、聖武天皇は仏教の鎮護国家の思想で国の平安を保とうと、国ごとに国分寺と国分尼寺を、都に総国分寺として東大寺を建て、大仏を造立した。国分寺や東大寺大仏の造立などで律令国家の財政が悪化し、たび重なる労役への動員で人々の生活は苦しくなっていった。

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仏教保護政策

いっぽう、聖武天皇がおし進めた仏教保護の政策は、道鏡などの僧が政治に進出してくるもとになった。このころ、社会事業につくす人々が現れ、光明皇后(聖武天皇の皇后)が悲田院(養老院・孤児院)や施薬院(病院) を設けて、みなしごや病人を救った。また、僧の行基は布教のかたわら、諸国をまわって橋や用水路などをつくり、政府の要請で大仏の造立にも積極的に協力した。

和同開珎

708年に和同開珎が鋳造され、長い間、わが国最古の貨幣といわれてきたが、1998年に飛鳥池遺跡(奈良県明日香村)から富本銭が発見され、これが和同開弥よりも古く、7世紀後半に鋳造された最古の貨幣と考えられている。

まとめ

聖武天皇と光明皇后(こうみょうこうごう)は、仏教の力にたよって国家を守ろうと、国ごとに国分寺と国分尼寺(こくみんにじ)を建てました。また、都には、東大寺を建て、金銅の大仏をつくらせた。

  • 平城京…唐の都の長安ににせらて作られた。
  • 墾田永年私財法…743年に口分田が不足のため新しく開墾した土地の永久私有を認める。貴族や寺院の私有地(荘園)の増えた。

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