【中学歴史】尊王攘夷運動・安政の大獄

【中学歴史】尊王攘夷運動・安政の大獄についてまとめています。

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尊王攘夷運動

  • 尊王攘夷…朝廷を中心として(尊王)、外国人を排除しよう(攘夷)という主張を尊王攘夷といいます。

尊王攘夷運動とは、幕府は外国の要求に譲歩ばかりしているとして、幕府への不満と尊王攘夷を主張する声が高まりました。

安政の大獄

大老の井伊直弼は、開国に反対した尊王攘夷派の大名や公家などを処罰しました。

  • 処罰された人々…吉田松陰(1830~59)、橋本左内(1834-59)らが処刑されたのをはじめ、尊王攘夷派の大名、公家らが処罰されました。
  • 桜田門外の変…安政の大獄で幕府への反感がさらに強まり、井伊直弼が桜田門外で水戸藩、薩摩藩の浪士におそわれ、殺されました。
  • 公武合体策…幕府は公武合体策で朝廷との融和を図りました。

攘夷の実行

朝廷や長州藩などは強硬に攘夷を主張しました。

  • 攘夷の命令…朝廷や大名に攘夷の実行をせまられた幕府は、やむなく攘夷決行の日を定め、全国に攘夷を命令しました。
  • 外国船砲撃事件…最も強硬な攘夷派だった長州藩は、下関海峡を通りかかったアメリカ商船、フランス艦などの外国船を砲撃しました。
  • 幕府の対応…幕府は、攘夷運動がこれ以上高まり、外国との関係がこじれたり、自らの権威が失われることをおそれました。
  • 尊王攘夷派の追放…幕府は、天皇や薩摩藩の支持を取りつけ、攘夷派の公家や長州藩士を京都から追放しました。

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