中学歴史「ソ連解体と西ヨーロッパの統合」

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中学歴史「ソ連解体と西ヨーロッパの統合」についてまとめています。

ソ連解体

1986年、ゴルバチョフはペレストロイカ(改革)をとなえて民主化や軍縮をすすめ、市場経済を導入した。1987年には米ソのあいだで中距離核戦力(INF)全廃条約が結ばれ、1989年のマルタ会談では冷戦終結が宣言された。一方、東ヨーロッパ諸国では民主化とソ連からの自立の動きが活発化した。1989年には、「ベルリンの壁」が撤去され、1990年、東西ドイツは統一した。1991年12月には、ロシア・ウクライナなどソ連を構成していた共和国が独立し、ソ連は崩壊して独立国家共同体(CIS)ができた。

  • ペレストロイカ…市場原理の導入と、中ソ和解、対米・対西欧友好政策を推進したが、国内の民族問題も表面化した。
  • ゴルバチョフ…1970年代にはじまった米・ソ両国の軍縮と緊張緩和の流れは、80年代前半に一時後退するが、ソ連のゴルバチョフの登場で一挙に進展し、90年代初めまでに冷戦は解消した。
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西ヨーロッパの統合

1993年、ヨーロッパ共同体(EC)を母体として、ヨーロッパ連合(EU)が発足した。1999年には銀行間の取り引きで一部の国の間で共通通貨(ユーロ)の使用がはじまり、2002年には紙幣や硬貨の使用もはじまった。こうしてヨーロッパ全体をおおう大きな経済統合が進んだが、 2010年には、加盟国のギリシャ・ポルトガルが金融危機に見まわれる、イギリスEU離脱など、新たな問題もおきつつある。

  • EU(欧州連合)…1993年にECより改組。その後東欧諸国へ拡大。経済だけでなく、司法制度や安全保障の枠組みを備えた超国家的統合体を目指す。2013年7月、28か国が加盟。

中国

中国では、1989年、軍隊が民主化を求める学生・市民を弾圧した天安門事件がおこった。その一方。改革・開放政策のもとで市場経済がすすみ、日本にならぶ経済大国に成長した。そして、その経済力を背景に2008年には、北京オリンピックを開催した。しかし、国内の地域的格差や貧富の差の拡大などの問題もかかえている。

  • 中国との外交…1972年には田中角栄首相が訪中して、中国との間で日中共同声明が発表され、国交が正常化された。さらに1978年には、日中両国の友好関係を深め るために、福田赳夫内閣は日中平和友好条約を結んだ。

韓国

韓国も経済成長を背景に、2002年には日本と共同でワ ールドカップを開催した。さらに1990年代ころより韓国ドラマを中心とする韓国文化が日本の国民に広く受け入 れられるようになり(韓流)、2国間の旅行者も増え、交流と友好は大きく進んだ。 しかし中国とは尖閣諸島, 韓国とは竹島(韓国では独島)をめぐる国境紛争も生じている。

  • 韓国との外交…1965年、日本は大韓民国(韓国)と日韓基本条約を結んで、「大韓民国を朝鮮での唯一の合法政府」と認め、国交を正常化した。しかし、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)とは国交が開かれなかった。
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