中学社会「大正文化のまとめ」

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中学社会「大正文化のまとめ」です。大衆文化の登場し、1925年日本で初めてラジオ放送が始まります。文学では白樺派・新思潮派・プロレタリア文学などがおこった。 教育では、義務教育が行きわたり、高等学校や大学の数も増加し、市民文化の成長をうながします。そのあたりについて、詳しく記述しています。それでは、中学社会「大正文化のまとめ」です。

大正文化

大正から昭和時代の初めごろ(1920年代)には、欧米文化を吸収して生活の近代化が進み, 新聞や大衆雑誌が大量に発行され、映画・レコード観賞などが人々の娯楽として広まった。また、1925年にはラジオ放送が始まり、野球やテニスなど、各種のスポーツにも人気が集まった。

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暮らし

ガス・水道・電気などの普及で、西洋風のくらしが広まり、洋風の応接間やガラス窓を取り入れた新しい住宅(文化住宅)が登場した。食べ物でも、カレーライス・コロッケ・トンカツなどの洋風料理が庶民(一般の人々)の間で好まれ、また洋服が、女性の間にも普及するようになった。都市では人口が増加し、サラリーマンが大量に現れ、通勤用の郊外電車がしかれ、乗合自動車(バス)も発達した。女性もバスガールや電話交換手などの職場に進出するようになった。

大正期の教育と文化

人物 実績・作品 備考
北里柴三郎 ペスト菌の発見、破傷風の血清療法 ドイツでコッホに学んだ細菌学者
与謝野晶子 君死にたまふことなかれ 雑誌「明星」に発表
夏目漱石 吾輩は猫である、坊ちゃん、こころ 個人主義の立場の作家
フェノロサ 日本画の復興 アメリカ人で岡倉天心と協力
黒田清輝 読書、湖畔 印象派
滝廉太郎 荒城の月、花、箱根八里 洋楽発展に寄与した作曲家

自然科学では、本多光太郎がKS磁石鋼を発明し、人文科学では、哲学の西田幾多郎, 歴史学の津田左右 言, 民俗学の柳田国男らが活躍した。文学では, 武者小路実篤・志賀直哉らが雑誌『白樺』 を創刊し、人道主義・理想主義を唱えた(白樺派)。 川龍之介や菊池寛らは新思潮派とよばれ、人生の現実 を見つめようとする作品を発表した。小林多喜二・徳永直らは働く人々の生活を小説に えがき, プロレタリア文学とよばれた。

洋画では、梅原龍三郎・安井曽太郎らが出て二科会で活躍し、竹久夢二は叙情的な美人女性の風俗画をえがいた。 演劇では、小山内薫らが築地小劇場を設立して新劇運動を確立し、沢田正二郎が新国劇を広めた。

まとめ

  • 西田幾太郎…西洋哲学や禅などの東洋思想を融合した新たな哲学を開き、「禅の研究」を著した。
  • 吉野作造…民本主義を唱えてデモクラシーの風潮に大きな影響を与えた。
  • 河上肇…人道主義の立場から「貧乏物語」を著した。マルクス主義を代表する経済学者。
  • 柳田国男…民間伝承を研究し、日本民俗学の基礎をすえた。
  • 津田左右吉…日本古代史の研究
  • 本多幸太郎…KS磁石鋼を発明
  • 美濃部達吉…天皇機関説を唱える。
  • 野口英世…細菌学の国際的水準の研究成果をあげる。

文学作品

  • 「赤い鳥」…童話と童謡が発表される。児童文学が発達していきます。
  • 「その妹」…武者小路実篤
  • 「白樺」…雑誌で、人道主義的作品を多く扱う。
  • 「或る女」…有島武郎(白樺派の作家)。永井荷風は、耽美派。
  • 「種蒔く人」…プロレタリア文学の雑誌
  • 「蟹工船」…小林多喜二
  • 「大菩薩峠」…中里介山
  • 「伊豆の踊子」…川端康成

教育

大学令では、公立・私立大学の設立が認められた。芸術では、岡倉天心らが日本画を再興し、梅原竜三郎ら洋画家が、二科会を結成と芸術分野も発展。日本放送協会が設立され、ラジオ放送をはじまるなどマスコミを発達。このころになると、鉄筋コンクリートの建物も増え始めます。サラリーマンを増えるのもこのころ。化学肥料の生産増加と普及によって食料の増産がはかられました。野球の普及もこのころ。

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