中学地理「(中国)中華人民共和国」

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中学地理「(中国)中華人民共和国」についてまとめています。

中華人民共和国

面積は世界第4位。亜熱帯から冷帯まで多様な気候が広がる。中国は世界で4番目に広い国で、面積は日本の約25倍におよぶ。国土の東側は、東シナ海、南側は南シナ海に面しており、平野が多い。北に南にという2つの大河が流れ、その流域に入口や産業が集中している。いっぽ う、ロシア連邦やモンゴルと国境を接する北部や西部には、ゴビ砂漠、タクラマカン砂漠などの砂漠や草原が広がっている。また、南西部にはチベット高原があり、黄河や長江など大河川の源流となっている。

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中国の気候

気候は沿岸部を中心に温帯に属する地域が多いが、東北 地方の冷帯(亜寒帯)から南西部の高山気候、内陸部の乾燥帯そして華南の海南島付近の亜熱帯まで多様である。

中国の歴史

古代文明のひとつ、中国文明発祥の地。近代は市場経済を導入。紀元前6000年ごろから、黄河・長江流域を中心に中国(黄河)文明がおこり、紀元前221年に泰が初めて中国を統一した。その後、漢隋、唐宋、モンゴル民族の元, 明, 満州族の清などの王朝が交代して中国を支配し、さまざまな文明を生み出した。これらの王朝は、日本や朝鮮といった東アジアや東南アジアの諸国ばかりでなく、遠く中央アジアやヨーロッパにも政治的、文化的な影響をあたえた。

第二次世界大戦後

1949年、毛沢東率いる中国共産党によって中華人民共和国が建国された。以来、社会主義体制をとっているが、経済面では1980年代後半から改革・開放政策に転換し市場経済を導入している。

中国の農業

生産責任制の導入で生産量が向上。万元戸があらわれる。世界最大の人口をもつ中国は、食料生産量も世界有数の大国である。穀物では、米と麦の生産量が世界一でとうもろこしの生産量も世界有数である。
農業は、東部の平野部でとくにさかんで、農業地帯は、黄河と長江の間にあるホワイ川を境に、北の華北地方と南の華中・華南地方で栽培される農作物が異なっていることが特徴である。

  • 華北地方…寒冷な気候のため畑作地帯となっており、小麦や大豆などの生産が中心
  • 華中地方…温暖多雨な 気候を生かした稲作地帯となっており、米の生産が中心
  • 華南地方…米の二期作が行われている

1949年の中華人民共和国の建国以来、中国では人民公社を基本とする農業生産が行われてきたが、収入は平等に分配され、いくら働いても収入が同じだったため、生産意欲がわかず、生産量がのび悩んだ。そこで1970年代半ばから、一定量を政府に納め、残りを自由市場で売ることができる生産責任制(生産請負制)が導入された。これによって農民の生産意欲が高まり、生産量は大きく増加した。その結果、農家の中には万元戸とよばれる富裕な農家が現れ、農村部でも貧富の差がみられるようになった。

中国の工業

鉱産資源が豊富。近年、急速に工業が発達しているが、環境問題が深刻。中国は鉱産資源にめぐまれた国で、石油・石炭・鉄鉱石の生産量は世界有数である。とくに東北地方には、ターチン油田、大規模な露天掘りで有名なブーシュン炭田、アンシャン鉄山など。鉱産資源が多く産出し、これらの周辺都市のシェンヤン(石油化学工業)、アンシャン(鉄鋼業)では、古くから工業が発達し、中国の工業を支えてきた。

近年は東北地方以外でも諸工業が急速に発達しており、華北地方のパオトウの鉄鋼業と内陸部のランチョウの石油化学工業、華中地方のウーハンの鉄鋼業・機械工業などで工業が発達している。結果、中国の工業製品は外国にも多く輸出され、中国は、「世界の工場」とよばれるようになった。

中国経済

1949年の中華人民共和国の建国以来、中国は社会主義経済を導入し、計画的な経済政策をとってきた。しかし、経済がゆきづまったため1980年代後半から改革・開放路線を打ち出し、市場経済を導入した。その一環として南部の沿岸部に経済圏を設け、関税を免除するなど外国企業が進出しやすいようにして、外国の資本を積極的に受け入れた。

地方でも農業・工業・商業などの分野で郷鎮企業とよばれる中小企業が成長した。これにともない、貿易もさかんになり、輸出額・輸入額ともに世界有数となった。この結果、中国の経済は著しく発展し、BRICSの1つに数えられ、株価をはじめ、世界経済においても強い影響力をもつようになった。

国際機関への加盟も進み、 1980年には国際通貨基金(IMF), 2001年には世界貿易機関 (WTO)に加盟した。交通・通信の発達も目覚ましい。

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