中学歴史「大正デモクラシーと新しい文化」

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中学歴史「大正デモクラシーと新しい文化」についてまとめています。大正デモクラシーと新しい文化に関して、第一次護憲運動、社会運動、普通選挙法などにもふれています。それでは、中学歴史「大正デモクラシーと新しい文化」です。

大正デモクラシーと政党内閣

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第一次護憲運動

立憲政友会と財閥、官僚勢力が交互に政権を担当します。財閥の桂太郎内閣が議会を無視。新聞や知識人が憲法に基づく、政治守ろうとする運動を起こしたのが、第一次護憲運動です。これにより、桂内閣は退陣します。

大正デモクラシー

大正時代に自由主義の風潮が高まります。

  • 民本主義吉野作造が、普通選挙によって国民の意向を政治に反映させることを主張。
  • 天皇機関説美濃部達吉が主張した、主権は国家にあり、天皇は国家の最高機関として憲法に従って統治するという憲法学説。

大戦景気と米騒動

  • 大戦景気…綿織物など輸出が増加。欧米から輸入が途絶えため、重工業が発展する。シベリア出兵をきっかけとした米の買い占めにより、米の値段が大幅に上昇。富山県の漁村から、米の安売りを要求して米屋に押しかける米騒動が起こります。のちに全国に広がり、政府は軍隊を出動させて鎮圧。

政党内閣の成立

米騒動により、寺内正毅内閣は退陣。衆議院第一党の立憲政友会の総裁の原敬が首相に就任。陸軍、海軍、外務の三大臣以外がすべて立憲政友会の党員で組織された本格的な政党内閣が成立しました、

社会運動の広がり

労働者の増加により、労働争議(労働者と使用者の間の紛争)も増加。友愛会が1920年に日本で最初のメーデー(労働者による大規模な集会)を主催。友愛会は、日本労働総同盟と改称し、労働者の団結と労働条件の改善を求めました、

小作料の減額を求める小作争議が増加。日本農民組合が結成され、農民運動を指導。
社会主義活動の活発化。ロシア革命により、共産主義の関心が高まる。日本共産党が結成された。

女性運動の台頭

青鞜社結成した平塚らいてうが新婦人会を設立。女性の政治活動の自由などを求める。女性が政治に参加する権利を求める運動も本格化する。

解放運動

  • 部落解放運動…被差別部落の人々が自らの力で平等を勝ち取り、差別からの解放をめざす運動。
  • 全国水平社…1922年京都で結成される。
  • アイヌ民族の解放運動…1930年、北海道アイヌ協会を結成。日本社会の同化政策に反対する。

普通選挙法と治安維持法

男子普通選挙法の実現に向けて、原内閣のあと、非政党内閣が続きます。政党勢力は第二次護憲運動をおこし、憲政会総裁の加藤高明を首相
とする連立内閣が成立します。

  • 普通選挙法の成立…1925年、納税額による制限を廃止し、満25歳以上の男子選挙権を与えました。

治安維持法

治安維持法は普通選挙法と同時に制定。共産主義に対する取り締まりを強化。加藤内閣以後8年間、政党の総裁が内閣を組織。憲政の常道という。

新しい文化と生活

教育の広がり

明治時代末期に義務教育がほぼいきわたりました。中等・高等教育の普及が進み、中学校や女学校への進学率が高まりました。大学や専門学校が増え、多くの知識人が生まれました。小学校では、個性を大切に、自主性を重視する自由教育の運動も始まりました。

大衆文化の発展

新聞、週刊誌、総合雑誌の部数が増加。文学全集、文庫本の出版などの文化の大衆化がおこりました。トーキー(有声映画)の登場、蓄音機、レコードの普及で歌謡曲が流行。また、1925年ラジオ放送が始まり、新聞と並ぶ情報源となりました。

新しい思想や文化

  • 学問…西田幾多郎が「善の研究」で東洋に西洋の哲学を統一・
  • 文学…人道主義の理想を掲げた白樺派の志賀直哉の「暗夜行路」、谷崎潤一郎、芥川龍之介の「羅生門」「地獄変」があり、小林多喜二のプロレタリア文学も登場しました。
  • 美術…安井曾太郎や梅原龍三郎。
  • 音楽…日本で最初のプロ・オーケストラ組織した洋楽の山田耕筰。邦楽の宮城道雄。

都市の生活

欧米風の生活様式が流行。文化住宅が流行し、ライスカレー・コロッケなど洋食。洋装も定着。バスガールや電話交換手など働く女性も増加しました。

関東大震災

1923年9月1日に関東大震災が起きる。東京、横浜(神奈川県)を中心とする地域が壊滅状態に。死者行方不明者はやく11万人。混乱の中で朝鮮人や社会主義者が暴動を起こすという流言が広がる。多くの朝鮮人、中国人、社会主義者が殺されました。震災は、都市改造のきっかけにもなりました。

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