【中学歴史】大正時代の要点まとめノート

中学歴史「大正時代」についてまとめています。大正デモクラシーと新しい文化に関して、第一次護憲運動、社会運動、普通選挙法などにもふれています。第一次世界大戦が終わると、輸出や国内の需要が減少して不景気になり、企業の倒産や失業者が増加した。こうした社会状況のなかで、大正デモクラシーの風潮が広まり、ロシア革命の影響もあって、労働運動や農民運動が活発になっていった。

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第一次世界大戦

連合国VS同盟国
列強の利害と民族、宗教の対立がからまって紛争が絶えない、ヨーロッパの火薬庫と呼ばれたバルカン半島あった。

1914年に、オーストリア皇太子夫妻がセルビア人に暗殺されたサラエボ事件をきっかけに、同盟国と連合国が開戦。総力戦となり、新兵器(戦車や飛行機、毒ガスなど)が使われ、大きな被害。

  • 三国同盟…ドイツ・オーストリア・イタリア
  • 三国協商…イギリス・フランス・ロシア

日本の参戦

日本は日英同盟により連合国側に立って参戦。

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ロシア革命

1917年、民衆の不満が高まりが、代表会議(ソビエト)が成立。レーニンは、ロシア革命をお越し世界初の社会主義政権が誕生。

シベリア出兵

ロシア革命の影響をおそれた列強は、干渉戦争を起こし、日本・アメリカ・イギリスなどはシベリアに出兵した。

ソ連の成立

1922年、ソビエト社会主義共和国連邦が成立。土地、工場などの生産手段を国有化し、経済活動を国家が統制した。

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国際協調の高まり

1918年に、ドイツの降伏で第一次世界大戦が終了。

  • 講和会議…1919年、パリ講和会議が開かれ、ベルサイユ条約が結ばれて、敗戦国ドイツは植民地を失い、巨額の賠償金を課せられた。
  • 国際連盟…民族自決を唱えたアメリカ大統領ウィルソンの提案で、1920年に成立した世界平和組織。アメリカは議会の反対で不参加。

国際協調

ワシントン会議(1921年から1922年)で海軍の軍備制限、中牧の主権尊重と粒度保全などが決められ、四カ国条約で日英同盟は解消。

大衆の時代

1919年に、ドイツのワイマール憲法で国民主権、男女普通選挙権、労働者の団結権などが定められた。

アジアの民族運動

  • 中国の反日運動…日本は、1915年に二十一か条の要求を中国に認めさせた。1919年、反日・反帝国主義の五・四運動が起こった。
  • 朝鮮の独立運動…1919年、日本の植民地支配からの独立を求める三・一独立運動が朝鮮全土に広がり、朝鮮総督府は武力で鎮圧した。
  • インドの民族運動…イギリスの植民地支配に対して、ガンディーが非暴力・不服従を唱え、完全自治を求める運動が高まった。
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大戦景気と米騒動

  • 大戦景気…綿織物など輸出が増加。欧米から輸入が途絶えため、重工業が発展する。シベリア出兵をきっかけとした米の買い占めにより、米の値段が大幅に上昇。富山県の漁村から、米の安売りを要求して米屋に押しかける米騒動が起こります。のちに全国に広がり、政府は軍隊を出動させて鎮圧。

政党内閣の成立

米騒動により、寺内正毅内閣は退陣。衆議院第一党の立憲政友会の総裁の原敬が首相に就任。陸軍、海軍、外務の三大臣以外がすべて立憲政友会の党員で組織された本格的な政党内閣が成立しました、

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大正デモクラシー

  • 民本主義吉野作造が、普通選挙によって国民の意向を政治に反映させることを主張。
  • 天皇機関説美濃部達吉が主張した、主権は国家にあり、天皇は国家の最高機関として憲法に従って統治するという憲法学説。
友愛会
1912年に労働者の地位向上をめざして設立された友愛会は、1921年には日本労働総同盟へと発展し、その後の労働運動を指導するようになった。やがて、各地で労働争議が続発していった。この間、1920年5月2日には、上野公園 (東京都台東区)で約1万人を集めて日本初のメーデーが開催され、労働者の団結による地位の向上を訴えた。深刻な不景気は農村にも大打撃をあたえ,各地で小作料の引き下げなどを求めて,小作争議が続発するようになった。1922年には、農民の地位向上をめざして、全国組織の日本 農組合が結成され,農民運動に指導的な役割をはたした。
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社会運動の広がり

デモクラシーの風潮のなかで広がりをみせていきます。労働争議や小作争議が続発。

女性運動の台頭

平塚らいてうは、1911年に、女性差別解消を目指した青鞜社をつくり、1920年に、市川房枝らと新婦人協会を設立した。

解放運動

  • 全国水平社…被差別部落の解法を求めて1922年に結成された。
  • 北海道アイヌ協会…アイヌ民族が差別からの解放を目指した。

護憲運動

  • 第一次護憲運動…1912年に藩閥の桂太郎が、議会を無視したため、立憲政治を守ろうという運動が起こり、内閣は倒れた。
  • 第二次護憲運動…1924年、政党勢力は第二次護憲運動をおこし、憲政会総裁の加藤高明を首相とする連立内閣を成立。

普通選挙

原内閣後、ふたたび非政党内閣が続いた。

  • 普通選挙法…1925年、加藤内閣は納税額による制限を廃止して、満25歳以上の男子に選挙権をあたえる普通選挙法を成立させた。
  • 治安維持法…普通選挙法と同時に制定され、共産主義に対する取り締まりが強化された。

大正文化

  • 教育の広がり…中等・高等教育の普及が進み、進学率が高まった。
  • 大衆文化の発展…新聞や雑誌が普及し、ラジオ放送も始まった。
  • 新しい思想や文化…白樺派の作家や芥川龍之介らが作品を発表。
  • 都市の生活…ガス、水道、電気が普及し、働く女性が増加した。1923年に関東大震災が起こり、東京や横浜は大きな被害を受けた。

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