【中学歴史】大正文化の要点まとめノート

【中学歴史】大正文化の要点まとめノートです。

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大正文化

大正文化全体像
大衆文化の登場し、1925年日本で初めてラジオ放送が始まります。文学では白樺派・新思潮派・プロレタリア文学などがおこった。教育では、義務教育が行きわたり、高等学校や大学の数も増加し、市民文化の成長をうながします。

教育の広がり

明治時代末期に義務教育がほぼいきわたりました。中等・高等教育の普及が進み、中学校や女学校への進学率が高まりました。大学や専門学校が増え、多くの知識人が生まれました。

小学校では、個性を大切に、自主性を重視する自由教育の運動も始まりました。大学令では、公立・私立大学の設立が認められた。

芸術では、岡倉天心らが日本画を再興し、梅原竜三郎ら洋画家が、二科会を結成と芸術分野も発展。日本放送協会が設立され、ラジオ放送をはじまるなどマスコミを発達。

このころになると、鉄筋コンクリートの建物も増え始めます。サラリーマンを増えるのもこのころ。化学肥料の生産増加と普及によって食料の増産がはかられました。野球の普及もこのころ。

人物実績・作品備考
北里柴三郎ペスト菌の発見、破傷風の血清療法ドイツでコッホに学んだ細菌学者
与謝野晶子君死にたまふことなかれ雑誌「明星」に発表
夏目漱石吾輩は猫である、坊ちゃん、こころ個人主義の立場の作家
フェノロサ日本画の復興アメリカ人で岡倉天心と協力
黒田清輝読書、湖畔印象派
滝廉太郎荒城の月、花、箱根八里洋楽発展に寄与した作曲家

自然科学では、本多光太郎がKS磁石鋼を発明し、人文科学では、哲学の西田幾多郎、歴史学の津田左右言、民俗学の柳田国男らが活躍した。

洋画では、梅原龍三郎・安井曽太郎らが出て二科会で活躍し、竹久夢二は叙情的な美人女性の風俗画をえがいた。演劇では、小山内薫らが築地小劇場を設立して新劇運動を確立し、沢田正二郎が新国劇を広めた。

大正時代の文学

文学では、武者小路実篤・志賀直哉らが雑誌『白樺』 を創刊し、人道主義・理想主義を唱えた(白樺派)。芥川龍之介や菊池寛らは新思潮派とよばれ、人生の現実を見つめようとする作品を発表した。小林多喜二・徳永直らは働く人々の生活を小説にえがき、プロレタリア文学とよばれた。

作品作者備考
その妹武者小路実篤白樺派
或る女有島武郎白樺派
暗夜行路志賀直哉白樺派
蟹工船小林多喜二プロレタリア文学
大菩薩峠中里介山
伊豆の踊子川端康成ノーベル文学賞
羅生門芥川龍之介新思潮派

<雑誌>

  • 「赤い鳥」…童話と童謡が発表される。児童文学が発達していきます。
  • 「白樺」…雑誌で、人道主義的作品を多く扱う。
  • 「種蒔く人」…プロレタリア文学の雑誌

大衆文化の発展

大正から昭和時代の初めごろ(1920年代)には、欧米文化を吸収して生活の近代化が進み、新聞、週刊誌、総合雑誌の部数が増加。文学全集、文庫本の出版などの文化の大衆化がおこりました。トーキー(有声映画)の登場、蓄音機、レコードの普及で歌謡曲が流行。また、1925年ラジオ放送が始まり、新聞と並ぶ情報源となりました。野球やテニスなど、各種のスポーツにも人気が集まった。

  • 学問…西田幾多郎が「善の研究」で東洋に西洋の哲学を統一・
  • 美術…安井曾太郎や梅原龍三郎。
  • 音楽…日本で最初のプロ・オーケストラ組織した洋楽の山田耕筰。邦楽の宮城道雄。

都市の生活

ガス・水道・電気などの普及で、西洋風のくらしが広まり、洋風の応接間やガラス窓を取り入れた新しい住宅(文化住宅)が登場した。

食べ物でも、カレーライス・コロッケ・トンカツなどの洋風料理が庶民(一般の人々)の間で好まれ、また洋服が、女性の間にも普及するようになった。

都市では人口が増加し、サラリーマンが大量に現れ、通勤用の郊外電車がしかれ、乗合自動車(バス)も発達した。女性もバスガールや電話交換手などの職場に進出するようになった。

関東大震災

1923年9月1日に関東大震災が起きる。東京、横浜(神奈川県)を中心とする地域が壊滅状態に。死者行方不明者はやく11万人。混乱の中で朝鮮人や社会主義者が暴動を起こすという流言が広がる。多くの朝鮮人、中国人、社会主義者が殺されました。震災は、都市改造のきっかけにもなりました。

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